幻了

院政の時代

白河天皇から堀河天皇への皇位継承と政治状況を解説

中世は白河法皇の院政によって始まったことになっていますが、そもそも白河天皇の即位は「中継ぎ」で、自身の子供に皇位を継承する予定はありませんでした。つまり、鳥羽・後白河・後鳥羽といった院政時代を象徴する天皇が生まれる予定はなかったのです。しか...
院政の時代

延久の荘園整理令と記録所について解説~後三条天皇の親政

後三条天皇の即位は、外戚の地位を維持できない摂関家にとって不都合だったわけで、藤原頼通は宇治の別荘に引退して弟の教通に関白を譲ってしまいます。藤原氏の影響力が弱まったことによって、後三条天皇は自由に政治を行えるようになりました。天皇は即位の...
鎌倉時代

幻の17代執権・金沢貞将の生涯~鎌倉幕府滅亡の日に執権就任?

鎌倉幕府の最後の将軍は久明親王、最後の得宗は北条高時、最後の執権は赤橋守時。通常、執権は16代赤橋守時が最後とされています。 しかし、執権については赤橋守時ではなく、金沢貞将が最後ではないかという説があります。 どういうことか見...
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鎌倉時代

13代執権・普恩寺北条基時~嘉元の乱と幕府滅亡を経験した執権

1286年(弘安九年)、父北条時兼の子として生まれました。母の名は不明。1299年(正安元年)、14歳で従五位下左馬助に任ぜられています。 極楽寺流普恩寺氏 北条泰時の弟重時に始まる北条氏の門流を「極楽寺流」とよびます。重時の子、長時(...
院政の時代

摂関政治の衰退と後三条天皇の即位~院近臣たちのはじまり

中世は白河上皇の院政から始まったとされていますが、その前に行われていた政治といえば摂関政治。藤原道長・頼通の頃が全盛期と言われていますが、今回はその摂関家の勢威が弱まった原因と後三条天皇の即位にいたる経緯を見ておきましょう。院政時代の前段の...
院政の時代

天皇と上皇~院政の起源は奈良・平安初期の頃?

院政が始まったのは中世ですが、すでに奈良・平安初期にはその可能性を秘めていました。それは、天皇と上皇の称号に端を発するものだったのです。 今回は、天皇と上皇の称号の起源に触れたうえで、それがどのような影響を及ぼしていたのか見ていきまし...
院政の時代

院政の歴史を簡単解説~江戸時代まで続いた根深い仕組み

当サイトは、北条氏や足利氏に焦点を当てながら、日本の中世を楽しむことを目的としています。 その日本の中世。「院政時代」が始まりとされていますが、そもそも院政とはなんでしょうか? 今回は、院政とその歴史を簡単に解説します。 院政...
荘園

荘園制とは何?イメージをつかむために全体を解説

中世は、ずばり荘園制に基づいて社会が営まれていたと言ってもっても過言ではないでしょう。 公家・寺家・武家の所領の話だけでなく、国家体制・身分・経済などの当時の社会を構成するすべてが荘園制の上に成り立っていたのです。 しかし、その...
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