足利尊氏の時代

室町幕府初代将軍足利尊氏の生涯【前編】・誕生から建武の新政まで

室町幕府初代将軍足利尊氏。明治以降の教育では天皇に弓を引いた謀叛人として扱われてきた影響もあって、源頼朝や徳川家康に比べて人気もありませんし、人物評価も悪く言われる傾向にありますが、どのような人生を歩んできたのでしょうか? 今回は、誕...
鎌倉時代

長講堂領・八条院領が持明院統・大覚寺統に伝わった経緯を解説

高校日本史の教科書には、「長講堂領と八条院領は持明院統と大覚寺統に継承された」と書いてあります。なぜ、継承されたのかについてほとんど触れられていませんので、今回はこの点について見ていきましょう。 王家(天皇家)領荘園は平安時代末期(院...
荘園

鎌倉時代の荘園・荘園の支配構造と紛争

高校日本史Bの教科書『詳説日本史』に出てくる「肥後国鹿子木荘」。 開発領主である沙弥寿妙(しゃみじゅみょう)の子中原高方は、権威を借りるために太宰大弐藤原実政に年貢4千石をおさめるという条件で寄進し、実政を領家と仰いで自らは預所職にな...
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鎌倉時代

承久の乱が荘園社会に与えた影響とは~新補率法・西遷御家人など

今回は、承久の乱が鎌倉幕府と荘園の関係にどのような影響をもたらしたのか見ていきましょう。 承久の乱と承久没収地 承久の乱とは、1221年(承久三年)に後鳥羽上皇が執権北条義時の追討を命ずる宣旨(太政官の命令書)を発して挙兵するも、幕府軍...
鎌倉時代

鎌倉時代の荘園の特徴~地頭・本所・徳政の解説も

院政期に、王家(天皇家)・摂関家・寺家の経済基盤として生み出された「荘園制」は、武家によって成立した鎌倉幕府の影響を受け、新たな展開を遂げることになりますが、鎌倉時代の荘園には3つの大きな特徴があると言われています。 それは、「立荘の...
足利尊氏の時代

北朝再建と尊氏・義詮対直冬

第二次観応の擾乱後、南朝軍の京都攻略によって、持明院統の光厳・光明・崇光の三上皇と廃太子直仁親王が賀名生に連れ去られたことで、幕府は存続の危機に立たされます。 正平の一統が破談し、再び南朝と対立した幕府...
足利尊氏の時代

正平の一統の破綻と南朝の反撃~八幡の戦いと武蔵野合戦

1351年(観応二年)11月3日、第二次観応の擾乱において、尊氏は鎌倉に下向した直義を討つべく、畿内の後顧の憂いを断つために南朝と講和しました。この講和は「正平の一統」と呼ばれ、皇統を大覚寺統(南朝)に統一するというものでした。 直義...
足利尊氏の時代

第二次観応の擾乱・尊氏対直義~正平の一統と直義の死

第一次観応の擾乱によって、高師直・師泰兄弟以下の高一族とその被官は誅殺され師直派は敗北。直義派は、尊氏・師直派に圧倒的な勝利をおさめました。 尊氏・直義和睦と義詮 1351年(観応二年)2月27日に尊氏が京都...
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