建武の新政

中先代の乱~足利尊氏・直義兄弟と北条氏残党の鎌倉をめぐる戦い

1335年(建武二年)6月、建武政権に大きな衝撃を与える陰謀が明るみになります。 それは、持明院統の後伏見法皇を奉じて、後醍醐天皇を倒すというものでした。 その陰謀は、全国各地で勃発する北条氏残党の反乱と深く結びついたので、さらに親政政...
建武の新政

立ち上がる北条氏残党~建武時代の地方の反乱

1333年(元弘三年)5月に鎌倉幕府が滅び、後醍醐天皇が帰京すると天皇による親政(建武の新政)が始まります。 この親政は、1336年(建武三年)10月に終焉しますが、その間平和だったわけではありません。実際、1335年(建武二年)8月に足...
建武の新政

護良親王の没落~尊氏暗殺未遂から鎌倉幽閉まで

「鎮守府将軍」足利尊氏が旧幕府の御家人たちを中心に人気を高める一方で、尊氏を敵視する「征夷大将軍」護良親王の人気は衰えていきます。さらには、父後醍醐天皇からも疎外されるようになりました。 幕府滅亡直後の高氏と護良の確執 鎮守府将軍...
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建武の新政

いわく付きの元号だった「建武」の由来

「平成」から「令和」へ。新しい時代の到来を国民全員でお祝いした感のある今回の改元。 「昭和」から「平成」への改元は、昭和天皇の崩御をもって行われましたので、哀しみいっぱいでしたが・・・。 改元をお祝いさせていただいた上皇様には本当に感謝...
鎌倉時代

武士たちの食生活・摂取カロリーは自衛隊レベル

多くのメディアやネットを通して、昼夜問わず防衛の任務につく自衛隊員の食事の内容が一般市民の目に入るようになってきました。そして、腹が減っては戦にならないので、ミリ飯と言われる戦闘時の食料も色々工夫されていることが明らかになり、マニアにはたま...
鎌倉時代

鎌倉時代は貨幣経済が発展した時代。なぜ銭が流通したのか解説。

鎌倉時代は急速に銭(貨幣・お金)が流通するようなり、いわゆる貨幣経済が発達します。 鎌倉時代は、公家中心社会から武家中心社会へと大きく転換する時代ですが、経済も大きく転換するダイナミックな時代なのです。現代日本に続く貨幣経済の幕開けの時代...
鎌倉時代

鎌倉幕府最後の執権・赤橋(北条)守時

鎌倉幕府最後の執権は「北条高時」ではありません。 高時は最後の「得宗(とくそう)」で、最後の執権は「赤橋流北条守時」です。 「赤橋守時って誰?」と言わないでください。 足利尊氏の正室登子の兄、つまり尊氏の義兄。あるいは、室町幕府2代将...
建武の新政

北畠親房・顕家父子と護良親王の打倒足利計画

鎌倉幕府が滅亡してまだ2ヶ月くらいの話をしています。 六波羅探題を滅ぼした足利尊氏はそのまま京都に駐留し、嫡男千寿王(のちの義詮)を鎌倉に置いて、京都だけでなく関東でも足場を固めていきます。 しかし、その足利尊氏をけん制する強敵がもう1...
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